詩吟は、聖人賢人の心にふれて人の倫を学び、子供らの心を育て、AI時代の教養としても大切です。 吟じ終りて清風起こる

富士山の写真 富士山の写真です。 富士の写真

吟詠は気品を生み、女性は美しく生きられる
芸術吟詠は武田式キューゾの発声で  

詩吟への誘い

ロゴマーク
 
 
写真 詩吟のイメージ
 
 
 
 
 

 
  
★武田式キューゾの発声法のページへ!  

 
リンクボタンリンクボタン

是非ご覧下さい!

 

理  念

 

~東峰流の大精神~
健康の源「真理吟詠」

 東峰流は信義誠実を旨として互譲の立場で尊び合い、目を閉じて目を養い・不要のことを聞かないで耳を養い・常に静かに目して心気を養い、ただひとすじに詩歌を詠じ陽気にして健康と長寿を求めて歩みたい。
 また東峰流は天地自然の理法に学び、「真理吟詠」を追求し、正しい呼吸・正しい発声によって、人の心の琴線に共鳴する魅力ある吟を求めてやまない。
 

詩吟の目的と効果

〈公財〉日本吟剣詩舞振興会を創設された笹川良一会長は、”日本は物で栄え心で滅びる”と警鐘を鳴らし、「今ほど心の陶冶と魂に栄養が必要なときはない。魂の栄養とは、礼と節・義理と人情・親孝行と愛国心に象徴される人の道を育む、これほど価値ある芸道は他にない」と、吟詠・剣舞・詩舞を奨励されました。この教えを永久不変の吟道精神としており、詩吟の効果として具体的には
★知的面においては~国語・漢学・歴史・音楽・哲学などを、それと
 なく学べる。
★精神面にあっては~真善美の心の結晶である詩歌を通して古の聖人
 賢人・傑人・英雄・豪傑の心に触れることで、剛直かつ高尚な人格
 が形成される。さらに詩歌を吟ずることによって花鳥風月といった
 自然の風物が、“ワビ・サビ”など日本人の豊かな心を培う。
★健康面ですが~生命の根源は”ゆらぎ”と云われます。それはリズム
 であり、旋律はもちろんのこと、漢詩をはじめ詩歌の言葉にリズム
 があります。また、声を長く伸ばすと副交感神経の働きを活発にし
 てガス交換率を高め血流を良くし、内臓マッサージが行われます。
 
 目に見えないけれど、心も手入れをしないと埃が積もって悪さをします。脳の働きが心とすれば心は体の中にありますが、七情という心(神経)の作用が肉体の営み(健康)を左右します。つまり、それを「心身一如」と云いますが、それは心と体が一つという意味ではありません。心を平穏にして感謝の波動は健康と直結すると云い、肉体を傷めれば心も病むというような連関性をいうのです。
 
 先人は、「一吟洗心」と教えました。詩吟のすすめは此の一言に尽きるのです。
 心と体のリズムは人を気品にしてくれ(風韻・韻致を帯びる)、楽しみながら心身を清め、知識を養い、士気を高めてくれる、高尚な芸道であります。
 

東峰流本部紹介

写 真

東峰流本部

写真、東峰流本部

 
 
 
 
所在地

〒005-0853
札幌市南区常盤3条2丁目3-16
Tel.Fax 011 ー592ー0056

創流記念吟道大会式典

 
写真、創流大会式典

創流経緯

 平成5〈1993〉年4月1日東峰灯吟舎を設立。同年5月23日札幌教育文化会館で東峰流創流記念式典を行い、11月7日道新ホールにおいて北海道吟界の諸先生をご招待して記念吟道大会を開催しました。
 

 ★東峰流会詩

   気を練り真を極むは聖賢に通ず
  歓喜永寿恵風の前
  豊声遙かに伝う灯吟の舎
  無辺の東峰旭日鮮やかなり
 
 

東峰流の会詩

 
東流峰会詩 

会詩の註釈

 詩吟は心を練り、聖人賢人の道に学ぶことが出来る。万物を育む春風に包まれ天地自然の恵沢に感謝しながら、健康と長寿を喜び合うのだ。
さて、灯吟舎から豊かな吟声が遙か彼方へ響き渡り、あまねく世の人の心に吟の炎を灯し続け、果てしなく広がる東の峰々に朝日が照り輝く如く、東峰流がいつまでも美しく栄えあらんことを
 
 

ご挨拶/指導方針

東峰流宗家

  

宗家写真
 

〈宗家 橋本東峰〉

詩吟道は天命

 私は昭和37年5月23日皇宮護衛官を拝命、38年10月北海道警察に異動し、情操教育で詩吟を学んでいました。函館で在勤中の昭和48年7月、ある会の講習会の講師として横浜から招聘された名吟家、横山岳精先生の吟声が私の胸底に響き渡り、身動き出来ないほど心酔してしまいました。その感動は言葉にはなりません。
 そして、“詩吟をやる者に悪人なし” “吟は世の中を明るくする” “吟の喜びを周りの人に分け与えよう、あなたがやらないで誰がやる!” “福はやがて自分に廻ってくる”といった言葉にも酔いました。ここが、人生航路の舵がきられた瞬間だったことを、後で気がつきました。厳しい職場環境の中にあって、幾度か奇跡的に詩吟を学ぶための道が開かれ、そして詩吟愛好者に恵まれ、基盤が作られていきました。
 
 警察の職分は正義の味方で明るい社会に貢献することでありますが、終生身を投じることが出来ることを思い、詩吟で社会の一隅を照らそう、それが自分の性状に相応しく必ず出来ると決意、昭和57年8月吟詠家に転身しました。そして平成5年4月1日、札幌で東峰流を起し今日に至っております。詩吟道は天命であったのです
 
 2000〈平成12〉年2月神戸市長田町のベルカント研究所を訪ね、声楽家武田哲宇先生から神経を刺激してジェミト(体震動)を出す「キューゾの発声」を学びました。先生から後嗣を託された後奥義を窮め、『声楽Gemito』を立ち上げて「武田式キューゾの発声法」の指導を行っております。武田式発声法のホームページを公開(リンク)しておりますのでご覧いただければ幸いです。
 

 
 
写真、若きとき
 〈右は東峰流創立当時〉  

 なぜ?詩吟道

★影響その一 

 アドウェイン・W・ダイアー著『もっと大きな自分の人生を〈上智大学教授渡辺昇一訳〉』〉を読んで感銘を深くし、酔ってしまいました。
 “健康に生きるには、音楽・絵画・本・花は絶対に必要である。美を味わうことを学び、他の人をそうなるように誘うことで無限界の人間へ歩み始め、自らの欲求も満たされる。生活のために働くことは99.99%、残りの0.01%こそ自分の人生の意義を象徴する決定的に大事な部分で、幸福に満ち足りた人間にしてくれる。多くの人は変化を恐れ、緊急事態を経験して初めて人生の意義や目的に重きを置くが、変化こそ生命の本質そのものだから、自分の本当に好きなことをとことんやれ。人生は一枚の切符、どう使うかは自身が決めることだ”と、大筋はこのような内容でありました。 

★影響その二 

 愛媛県松山市に、現役の警察署長を辞めて詩吟をやっている吉岡清風という人がいることを、警察の機関紙で知り、また陽明学者安岡正篤先生が昭和41年9月10日、吟道清風流一灯閣道場においてお話したことを目にしました。
 “詩歌を好まない、詩歌を持たないという間は、その社会・国家その民族はまだ本物でなく、古今東西その機を一つにするものである。詩歌吟詠は、非常に深い意味があり、小にしては個人の生活・心境・教養は勿論、大にしては国家民族の命運をも卜知する一端になる。趣味とか教養とか云う事に止めないで、清い道行を世に普及することにご尽瘁下さい”というもので、次の「吟詠の真義」の通であります。 

★人生は一枚の切符

 吟詠は、終生の清い道業をと決断するに至ったのであります。 
  

吟詠の真理

 昭和41年9月10日、愛媛県松山市の吟道清風流〈宗家吉岡清風師〉の一灯閣道場において、陽明学者安岡正篤先生が講演されたお話の内容が「吟詠の真義」と題して、清風流の機関紙『清吟第16号』に掲載されておりました。
  申すまでもなく昔からその時代、その地方にどう云う歌が歌われておるか、どういう詩が詠ぜられておるかと云うことをみれば、よくその地方の人心風俗が分かるというぐらいのものであります。
明治以来ずうっと変遷を辿って参りましても、やはり明治時代が一番健康で、そして人間の心が清浄で、純粋なことがよく表れております。それが大正となり、昭和となるにつれて、だんだん衰えて参ります。また頽廃して参りました。戦後それが特にひどくなりまして、ご承知のように第一にこの頃の詩歌文章は朗読できるようなものがなくなりました。これは特に若い人々にとって非常に不幸なことであります。こんなことでどうなるのだろうかと思っていましたら、やはり人間の生命人間の精神と云うものは、永く埋没できぬもの、あるときが来ると自然に濁った水が元の清水に返るように人間性、人間正常の真実に立ち返るものであり、その明らかな一例として、この吟詠というようなものが、何時からともなく各地方に起こるようになってきました。このことは、退廃的な或いは否定的な戦後特に良心を失ったり、思想を歪曲された人々から言うなら、まあ訳の分からない現象とされておるんです。けれども、それはそういう人々が分からないのでありまして、正しい素直な人から言うなら、もう分かりきった当然のことであります。真実の精神が高まると云うことでありますが、そういう意味から言いますと、世情ようやく盛んになって来ました吟詠の世界にも、まだ少し足りないものがある。
ただ、なんと云う事なく寂しさをまぎらわす為に、或いは何と云う事なく好ましいから、或いは健康にいいからとか、色々な理由でやっておる人々が多くて、自らやっておる、この吟詠と云うものに、深い精神的意義や満足を感じておると云う人々が少ないのであります。
人間は、そういう体験をした人が皆よくしたのをみられることでありますが、真剣になりますと、或いは真剣な場に臨みますと、どうしても散漫でおれなくなります。したがって、読み物でも散漫な、通俗なもの、つまらないものでは満足できなくなるんです。
 
 ちょっと考えると反対ですが、戦争の場合でも、戦場に行った者は皆知っておりますが、この都会地に等に駐屯している時は、皆新聞を読んだり小説を読んだりするそうで、ひまがありますと兵隊たちがそのようになる。ところが、ずうっと前戦に進駐して敵と対陣すると、何時敵の襲撃を受けるか分からん、何時敵と決戦しなければならないか分からない、と云う様な境地に臨みますと、もう雑誌だの小説だのといようなものは読めないそうです。何か「論語」だとか、お経だとか、バイブルだとか何とか、そういう真剣な尊い魂のこもったものを読まねばおさまらないそうです。
それから、同じ事を登山家が言います。その辺の物(もの)見(み)遊(ゆ)山(さん)のような場合には、つまらない雑誌だの小説だのを持って行って、キャンプ、テントの中で、そういう物を読むそうです。けれど、深(み)山(やま)幽谷(ゆうこく)へ入って行きますと、そういうつまらない物は読めないそうです。馬鹿々々しくて、どうしても真面目な非常に心を打つ様なもの、深くこの心に訴える様な、いわゆる聖書でないと満足が出来ないそうです。これは、日本人東洋人ばかりでなく、西洋人でもそうでありまして、アルプスに登るとか、ヒマラヤに登った人々皆同じ体験を告白しております。
或いは、お互いの会話にしても手紙にしても、感想などを書き記す日記の様なものにしても、もう敵と対峙しておる本当の野営の陣中であるとか、或いは深山、幽谷であるとか云う様な所に行くと、つまらないと言いますか雑ぱくな事をザラザラ書けないそうです。どうしてもこの歌とか句とか詩とか云う様な、この凝集された心を打ち込んだ一言一句、そういう韻律的なもの、思索的瞑想的なもに、つまり、広くいう仕儀(しぎ)な散文でなくなる。これは、人間性の自然必然というものであります。
 
 人間そのものを論じてもそうでありまして、人間がつまらない間はザッパクであります。平たく言いますと、オッチョコチョイとか、ガサツとか、だらしがないとか云う事になる。ところがだんだん人物が出来てくるにつれて、何となくその人が韻律的になる、詩的になると云いますか、西洋人ならばリズミカルになるとよく言いますが、我々の言葉では特に詩歌などの言葉では、「風韻」風という字と音韻の韻、リズムという字です。
 

 
 
 風韻とか風格とか韻致とか云う事で、その人を表す、どこか人柄が、この風韻をおびる様になる、音楽的詩的になって来るのであります。言葉などもそうでありまして、あまりその何やら理屈っぽいごたごたした事を言わなくても、言葉が少なくなって生きた味のある趣のある内容表現を持つようになる。真理は、一つであります。
 したがって、時代にしても民族にしても真剣になって来る、誠になって来る、その時代人心が正しくなってくるにつれて、どうしてもこの詩というものを、詩歌といものの吟詠、或いはその創作が喜ばれるようになる。盛んになるという風に変化して行くものであります。詩歌を愛さない、詩歌を好まない、詩歌を持たないという間は、まだその社会その国家その民族はまだ本当ではありません。これは、古今東西その機を一つにした問題であります。
 
 この頃もよく話題になっておる「おはなはん」と云うあのテレビの作品、大変東京あたりでは有名です。なぜあんなに人気があるのかと云うと、あれは明治時代の一つの気風という物が生き生きと表れている。今日の時代、殊にジァーナリズムとか、マスコミと云うものの支配している主張、あるいは傾向は、あゝゆうものは、排斥する筈なんですが、それにもかかわらず、まじめな一般の国民があれを愛好してやまないというのは、あの時代の方が人の心に、素直な、純真な共鳴と感動を与えるものであるからであります。
あのころの国民の間に膾炙(かいしゃ)いたしました詩歌と云うものと、今度の戦中のものを比べると、又はっきりしておるのですが、あの時代の方がよほど詩的、韻律的であります。そもそも軍人でも、あの頃の軍人、日露日清戦争の軍人は、上大将から下兵隊に至るまで随分詩人が多かった。仲々傑作が残っております。まあ乃木大将をはじめとして山県有朋将軍にしても、その他広瀬武夫など色々傑作が残っています。今度の戦争に、陸軍も海軍もあれだけ活躍しましたけれど、軍人で詩を作ったり、歌を作ったりという人は殆ど聞きません。世に伝わっておりません。むしろ無名の特攻隊とか、その他の青年軍人等のノートや、何ぞの中にひそかに書き記されたものが集められて世に出ておりまするが、それにしても殆ど、その国民のいわゆる膾炙といゝますか、一般国民のこの日常の吟詠に上りませんでした。いゝかえれば、今度の戦争には詩が無かった、明治の戦争には詩があった。
 
 昔、我々がまだ大学生自分に、「クラム」というロンドン大学の教授がおりまして、この人が『ヂャーマニエント・イングランド・ドイツとイギリス』と云う大変名著を書きまして、結局ドイツとイギリスは衝突をまぬがれないが、いづれが勝つだろうかと云うと、結局イギリスが勝つだろうと。長い目で見ておると、それは自分がイギリス人だからと云うんじゃなくて、こういう理由があるんだと、彼はイギリスの代表を名高いカーラエルと云う人を選びます。ドイツの代表にトライチケツと云う人を選びます。と結局カーラエルには詩があるが、トライチケツには詩がないと云うことを眼目にして論じておるんです。非常にこれは名著でありまして、あまり日本人には知られないで終わりましたけれど大変名著でありました。
 
 そう云う風に考えて参りますと、この詩歌とか吟詠とか云う事にには非常に深い意味がありまして、小にしてはこの個人個人の生活、心境、教養は勿論のこと、大にしては国家民族の運命をも卜(ぼく)知(ち)する一端になる。重要な問題であります。それでありますから皆さんも、この平和にして清浄な境地に、決してこの卑下すると申しますか、或いは自分達がやっておられる事を、単なる趣味とか教養とか云う事に止められないで、これには大きな意味があり、大きなその真理があり、影響があると云う事を十分ご承知なさって、益々この清い道行を世に普及することに、ご尽瘁になりましたら、意外な又影響或いは効果があろう。これは私の心から皆さんに差し上げたい贈り物であります。
 
 日本も、しみじみ考えますと、どうなって行くのだろうかと。ことについて私などむしろ悲観的に考える事が多いのでありますが、しかし又こういう方面から、こういう盛り上がりを見ますると、そう心配したものでもないと、まだまだ日本には民族の妙脈がある。民族の正気がうつぜんとして存在しておると云う、誠にたのもしい感じを受けて、本当に快心の問題であります。此の上共一つ皆さんのいよいよお栄えになる様、この吟風がいよいよ世に広まりますよう、陰ながら祈念致します。
 
 

写真、女性会員

東峰流/女性吟士
斉藤興峰
キングレコード吟詠剣詩舞会主催
「全国吟詠決勝大会〈平成19/11/24東京〉」優勝
同「キングレコード最優秀吟士権大会」〈平成26/4/13〉優勝
『吟士権賞』受賞
☆〈公財〉日本吟剣詩舞振興会全国吟詠コンクール北海道地区大会
第三部優勝〈令和4年7月9日〉北海道代表 
   ☆札幌文化団体協議会「芸術選賞」第41回 舞台(平成24年)
 

東峰流の詩吟 

真理吟詠を指標、自然の理法で

 

 ★詩吟のイメージ
 東の文字は木立に朝陽が差し込む事を表巣ので、朝陽に輝く色鮮やかな雲海が峰々をおおい、湧き出る清流のような心象です
 
 ★吟の特質を生かす
 吟と云うのは歌と違って凝縮したような、硬く芯がある声を「吟」と云い魄力が詩吟の生命なので、詩心表現のためには声と詩を読むリズムと余韻(節回し)、そして息継ぎと間を重視します。
 
★真理吟詠
 陰陽をはじめ自然の原理を本とする「武田式キューゾの発声」は、神経刺激による声ですから自ずと霊性を帯び、即ち、これこそ吟声であります。吟詠技法とする詩歌の読み方や余韻を引く節回しなども、すべて自然の原理に適った合理的な技法を駆使します。たとえば、地上で暖められた空気が上昇し、冷えて重くなって大地に降りてくる「気の回転」をイメージし、声の強弱や緩急と間における心の運びを大切に致します。
 
 

新聞報道記事

宗家の吟詠活動 人のため世のため明るい社会のために一隅を照らそう 吟道に劇的な転職、その心境などを報じてくれました。〈注〉岳清流とあるのは、東峰流以前の所属名で吟号も違います。
新聞、北の顔
新聞、やりますね
新聞、これからに挑戦
 
新聞、詩吟を広める
 
新聞、われら家族
 
新聞、窓、雨ニモマケズ
新聞、会員募集
新聞、STV,見て
 
テレビ1×8いこうよ
大泉さん色紙

広  報

リンク集・詩吟への誘い・緊急広告・詩吟教室・行事予定

★リンク集

リンク、ロゴマークリンク、ロゴマーク

神経を刺激して、ジェミト〈体震動〉を出し、頭蓋で共鳴します。声区はなく、最高音から最低音まで一貫してマスケラ(顔面)で声が輝いて響き、絶対に喉を傷めません。声は、霊性を帯びます!

 
リンクロゴ、写真

武田式キューゾの発声法の実技指導をします。

ブログのゴロ

奇跡の発声技法は、自然の理法と四つ足の生き物に学ぶ!

 
 
リンクロゴ写真

武田哲宇先生が、発声について語る。キューゾの発声法のみが本物、あとは偽物と!

 

★詩吟への誘い

詩吟は素晴らしい、私が詩吟道に徹したぐらいですから

 ドイツの詩人、ゲオルク・フィールズ・ハルスデルファーの教えに「言葉は絵画であり一様の響きを出す音楽であり、音楽は魂が吹き込まれた詩である」とありますが、音楽も絵画の色も、そして詩の言葉も周波数が異なるだけで、元はと言えば波動ですから原点は同じと言うことです。
 波動は生命体のリズムであり、また人間にとって美を追究することが何よりも大切と言われます。詩を吟ずることは、絵画や音楽に通じる無形文化ともいえます。
 

人生に2本の道を

 長い私たちの旅路に、2本の道(綱)を渡ることが賢明と、ある翁から教えられました。太い綱は生活のために働く経済活動の道ですが、その道は定年性で、やがてなくなります。もう1本の道(綱)は、細いが丈夫で終生切れることがなく、そしてそれが色々な面で心身共に人生の支えとなるというのであります。
 翁の云う、この細い道こそアドウェイン・W・ダイアーが言う「一枚の切符」であり、いわゆる趣味や教養といったものが人生を左右する最も大切なものだと云う事です。
 偉人は「自分だけの楽屋」をもつと云います。定年を迎えてからでは遅すぎます。気がついたら即、自分の時間をもって心の中で楽しむことが出来るよう趣味を持ちましょう。
 

ITの時代、AIの時代に備えて

  AI(人工頭脳)は人間にとって一つのツール(道具)だと云う。AIを選択して使うのは最終的に人間であるが、AIが作業をしてくれるから人間は自由になるが、反面超一流になるためには楽でない。そこで大切なことは、教養がなければ意思決定が出来ないと云う事です。
 教養とは、学問や知識を身につけることで養われる心の豊かさだとい云うが、冒頭「理念」に詩吟の効果として掲示したように、詩吟は“国語・漢学・歴史・音楽・哲楽・道徳といった学問であり、又古の聖人・傑人・英雄・豪傑に学ぶことが出来ます。そして、花鳥風月など自然の風物に接することによって、日本人として高尚で豊かな情操が養われますから、内容の豊富な詩吟を是非にと思うのであります。
 
 
 

★緊急広告

  常時、詩吟会員を募集しております。教室においで下さい。
◆教材はすべてご提供します。
◆発声技法もご指導します。
 
 ※尋ねたいことがあれば、本部(橋本東峰)にご連絡下さい。
  Tel/Fax  011-592-0056
  E - Mail http://toho@nifty.com
 
 
 

 

★詩吟教室

 

練習曜日/時間 会の名称 会場名 所在地/電話番号
毎週月曜日/13:00 北豊会 鉄西会館 札幌市北区北10条西4丁目
011-726-5285
毎週木曜日/19:00 朱峰会 祝梅コミュニティセンター 千歳市弥生2丁目
0123-23-4835
東峰流/本部道場  
〈随 時〉
~希望により個人指導/合同(集合)練習


 

東峰流本部
札幌市南区常盤3条2丁目3番16号
Tel/Fax 011-592-0056番
 
 

 ★行事予定

 

 行事名 開催日時  開催場所 主催者  行事の概要 
         
         
         

 
 
 

スライドショー

詩吟活動記録写真

肖像写真女性舞台を終えて一息
写真宗家、創流記念大会式典でご挨拶 写真
傘寿の祝賀会
写真新年祝賀の宴 写真札幌市、真駒内中央公園 写真くつろぎの一瞬 写真宗家・舞台 写真吟行会、定山渓ホテル・僧定山像前 写真男子合吟 写真女子合吟 写真吟行会、定山渓・ホテルゆらら 写真札幌菊まつり、札幌駅地下歩行空間特設舞台 写真札幌文団協フェスティバル、教育文化会館前 写真宗家挨拶、吟道大会 写真宗家 武田式発声法東京研修会 写真北海道地区連協40周年記念大会 写真創立30周年記念

ニュース

 (随時流します)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

Contact

お問い合わせ

Copyright◯◯◯◯◯. All Rights Reserved.